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テキスト説教

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テキスト説教は、印刷及び配布を禁じています。受けた恵みは、心に刻んでシオンの香りを放ってください。

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神様が私たちを救われる

하나님이 우리를 구원하시리라

聖書に記された多くの災いが、今日世界のあちこちに降りかかっています。私たちが生きているこの時代は、いつの時代よりも神様の助けとご加護が必要な預言の時期ではないかと思います。 災いがあふれる時ほど、神様の民には何より神様の救いの御手が必要です。そんな意味で神様の救いに対する教えを聖書を通して共に調べてみることにしましょう。 神様を自分の助けとみなす者、災いが襲うことはない 神様は私たちの牧者であり、救い主であられます。私たちが依り頼み、頼れる対象は神様しかいらっしゃいません。 詩91:1-11 『いと高き神のもとに身を寄せて隠れ/全能の神の陰に宿る人よ。主に申し上げよ/「わたしの避けどころ、砦/わたしの神、依り頼む方」と。神はあなたを救い出してくださる/仕掛けられた罠から、陥れる言葉から。…あなたの傍らに一千の人/あなたの右に一万の人が倒れるときすら/あなたを襲うことはない。あなたの目が、それを眺めるのみ。神に逆らう者の受ける報いを見ているのみ。あなたは主を避けどころとし/いと高き神を宿るところとした。あなたには災難もふりかかることがなく/天幕には疫病も触れることがない。主はあなたのために、御使いに命じて/あなたの道のどこにおいても守らせてくださる。』 これは神様の約束の中にいる子供たちにくださった労りの御言葉です。聖書は神様が子である私たちを極めてひどい疫病 (伝染病)からも救われるし、天使たちを遣わして、私たちの...

空しく空しいものにしがみついた人生

허무하고 헛된 것에 매달린 인생

聖書は、私たち人間をすぐに消えうせる朝露のようだと表現しています。神様の偽りのない御言葉のように、過去の人生を振り返ってみると、月日の経つのは本当に早いと思います。 人間はどれだけ儚く空しい日々を送り、風前の灯のように人生の最期を迎えるのか考えてみながら、シオンの家族の皆さんはそれぞれに与えられた時間、神様がお許しくださった、真実であり未来がある事に、情熱と真心を尽くされるようお願いいたします。空しいことにしがみつき一生を送るつまらない人生ではなく、私たちには永遠なる天国があることを聖書を通して調べながら、心に生きた望みを抱く恵みの時間を持たれるよう願います。 明日のことを誇るな ある漁師が海岸で偶然アラジンの魔法のランプを手に入れました。ランプをこすると巨人が出てきて願いを一つ聞いてやると言いました。漁師は1年後の新聞を持って来てくれと言いました。彼は新聞を受け取りどんな株を買っておけばお金を多く儲けて大金持ちになれるかと、株式相場を見ていました。そして、幸せな気持ちに浸って紙面をあちこち見ていた彼は、しばらくして大きな衝撃を受けました。新聞の訃報欄に自分の名前が載っていたからです。 1年後を考え株式に投資して多くのお金を儲けようと思っていましたが、訃報欄に出ていた自分の名前を見て、唖然として生気を失ってしまいました。これが私たちの人生です。 このように私たちの周りには、突然死去する方が多いように思います。年齢が...

救いは私たちの神様にあります

구원은 우리 하나님께 있나이다

神様は人類に旧約は旧約どおりに、新約は新約どおりにそれぞれ違う方法で救いの教えをくださり、天国に行くことができる道を開いておかれました。旧約の中心になる内容は、神様が霊の状態で救いの摂理を働かれた記録だとしたら、新約は、肉体をまとわれこの地に来られた神様にどのように対するべきか、に関する教訓で満たされています。 聖書を調べると、時には霊でおられた神様のことさえ知らなかった人々もいれば、神様が肉をまとわれこの地に来られた時、見分けられなかった人々もいます。その反面、霊の姿である時も、肉体で来られた時も、正しく仕え受け入れて、祝福を受けた人々もいました。 私たちの魂の救いは、神様を知ることにあり、全ての救いの御業は神様が導かれるということを、この時間、聖書の御言葉を通して共に調べてみることにします。 神様を知り、畏れ敬うことが知恵の初め 聖書は人類に「神様を知り、畏れ敬い、仕える中で救いがある」ということを悟らせてくれています。聖書の全ての教えは、「私たちの魂の救いのためには、救い主である神様について正しい信仰を持つ必要がある」という内容に帰結します。 箴9:10 『主を畏れることは知恵の初め/聖なる方を知ることは分別の初め。』 聖なる神様を知ることが知恵であり、分別だとおっしゃいました。旧約時代、霊でおられた神様は、新約時代に肉体をまとってこの地上の万民と共に生きられながら、私たち人間の全ての荷を御自ら担わ...

教会の成長要因は権威か、兄弟愛か

교회의 성장 요인이 권위냐 형제 사랑이냐

シオンの家族の皆さんは、新しい契約の福音が迅速に伝えられ、神様が血によって御自分のものとされた(買われた)教会が急速に成長することを願われるはずです。そのために、心を一つにして祈り、宣教し、神様が喜ばれることを行おうと努力されている全ての労苦に感謝いたします。 教会が成長するということは、聖徒が増え教会の建物が高くそびえる量的な膨張だけを意味するわけではありません。聖徒一人一人が神様の内で正しい信仰を確立していくことこそ、真の教会の成長だと言えるのです。本当に意味ある教会の成長を達成するためにはどうすべきか、初代教会の歴史を中心に聖書に記録された御言葉を調べてみましょう。 初代教会の驚くべき成長 初代教会の成長に最も大きな力として作用したのは、神様が注いでくださった聖霊の働きでしたが、その次に当時の聖徒たちが持っていた精神の中で、一体どのような要因が聖霊の働きを持続させ、教会を発展させる原動力になったのかを考えてみる必要があります。 福音の発展史を見ると、教会は権威ではなく、兄弟愛によって発展したと記録されています。使徒言行録を通して、初代教会成長の根本的な要因を調べてみて、今日私たちも福音を全世界に迅速に伝えられる神様の子になりましょう。 使2:1、14、39-41 『五旬祭の日が来て、一同が一つになって集まっていると、…すると、ペトロは十一人と共に立って、声を張り上げ、話し始めた。…この約束は、あなたがたに...

世界の救いを成し遂げることができる理由

세계 구원을 이룰 수 있는 이유

災いと罪悪があふれるこの世の中でも、誰も滅びずに皆悔い改めることを望まれる神様の摂理に従って、福音を伝える聖徒たちの足が忙しく動いています。神様は世界を救う長い道のりで、神様の旗をさらに高く掲げられるようお許しになりました。また、これに足並みを揃えて、私たちは海の水を浄化する3%の塩のように、この世の塩になる聖徒たちを捜して、家庭から始めて地域社会、国家と全世界に至るまで神様の福音の国を建設する救いの御業に共に参加しています。 偶像を打った石が大きな山となり全世界に広がるというダニエル書の預言のように、たとえ始まりは小さくても、私たちの終わりは非常に大きくなります。私たち自身の力だけを考えて顧みると、とてももどかしくて不可能に見えますが、今、私たちの傍に誰がいらっしゃるのか悟るようになれば、毎日新しい力を得られるようになるでしょう。私たちには世界の救いを成し遂げることができる明らかな理由があります。 私たちが使うことができる最後の力 小学校に入学したばかりの息子が学校から帰って来ました。五体無事に育ち、学校に通い始めた息子が誇らしかった母親は、息子に一つ仕事を頼みました。冬の間、家の中にあった大きな植木鉢を外に運んでちょうだいと頼んだのでした。幼い息子は胸を張ってかなり枝振りのいい植木鉢を持ち上げてみました。しかし、どんなに頑張っても植木鉢はびくともしませんでした。横で見守っていた母親は「お前が持っている力を全て使ってみな...

神様が望まれる所に

하나님이 원하시는 곳으로

旧約聖書でイスラエルの民が歩いた40年の荒れ野の道は、従順の道を私たちに教えてくれる生きた教育の場になっています。過越祭で災いの中から贖われ、葦の海(紅海)を乾いた土地のように渡ってエジプトを出る時までは、イスラエルの民は神様の御力に感謝しましたが、救いの御恵みをたちまち忘れ去り何度も恨み言を言いました。神様が導かれる道で小さな困難に遭っても、恨み言と不平が口から離れなかった彼らは、その大多数が荒れ野で倒れて滅亡しました。結局、出エジプト当時20歳以上だった壮年の中からは、神様の導きに完全に従った2人だけがカナンに入ることができました。 この歴史は、信仰の荒れ野の道を歩いている私たちのための教訓です。神様がどこに導かれても従うということは、神様を100%信頼するという意味になります。過ぎ去った歴史を鏡とみなし、従順と感謝で信仰の荒れ野の道を歩み、永遠なる天のカナンに至るシオンの家族になられるよう願います。 えんどうまめ五人兄弟の話 アンデルセン童話の中にえんどう豆の五人兄弟の話があります。広い豆畑、ある莢の中にえんどう豆の五人兄弟がいました。えんどう豆たちは昼は日の光を浴び、夜は月の光を受けて元気に大きくなりました。豆がよく熟してさやが弾ける日を待っていた五つの豆は、この世に出て行った時、行きたい所がどこかお互いに話したりもしました。 そんなある日、一人の少年がその豆に近づいてくるとちょうど、さやがパンッと弾けました...

霊的な祝福に対する欲望

영적 축복에 대한 욕심

悟った人と、そうでない人では、行動に多くの違いが出てきます。真理の内でも、神様の御言葉をよく悟り、見えない所で祝福を一つ一つ積み上げていく賢い人がいるかと思えば、祝福を受けられる条件を多くもらったのにもかかわらず、悟れずにその祝福を失ってしまう愚かな人もいます。 私たちは、神様が用意された天国の祝福をどこの誰よりもしっかり積み上げていく賢い人になる必要があります。霊的な祝福を積むことなら、どんな困難と犠牲が要求されるとしても躊躇わなかった、ヤコブのような精神が必要です。肉のことを追い求める欲望ではなく、霊的な祝福に対する欲望を抱いて、目に見えない所から霊的な祝福を積み上げていくシオンの家族にならなければなりません。 神様に祝福を求めたヤコブ 祝福に対する欲望が誰よりも強かったヤコブは、双子の兄エサウからあずき粥一杯で長子の権利を買い、また、兄が受けるべき長子の祝福を母の助けにより手に入れたりもしました。彼はこのことで兄の憎しみを買い、叔父ラバンの家に身を寄せ、そこで20年間羊飼いとしての生活をすることになりました。 20年ぶりに故郷の家に帰ることになったヤコブは、故郷に帰る前に、ヤボクの渡しで神様に出会いました。神様がただ通り過ぎようとされるので、ヤコブは祝福してくださるまで手を離しませんと、しがみつきました。神様が彼の腿の関節を打って、関節をはずされましたが、彼は決して手を離しませんでした。どんなに粘り強くしがみつ...

私たちが待つこと

우리가 기다리는 일

信仰の聖徒たちには、約束された祝福を受けるまで「待つ」ということが必要です。聖徒たちは神様の降臨も待ち、永遠なる天国で世々とこしえに享受する祝福と喜びも待っています。また敵であるサタンが最後の審判を受ける時間も、信仰の内で眠りについた者たちが復活し、私たち生き残った者たちと共に変えられて神様をお迎えすることになる、と言われた栄光の時間も待っています。 待つことには忍耐がなければならず準備も必要です。寿命ある人生を生きていく間、私たちが待つべきことは何であり、どんな準備が必要なのか考えてみる時間にしましょう。 神様を待つ信仰 聖書は私たちが本来天で神様と共にいた天使たちでしたが、サタンの反逆に加担して罪を犯し、この地に下りて来たと教えています。 死ぬしかなかった罪を犯した私たちを救ってくださるために、神様は御自らこの地に来られて十字架で血を流され、私たちの罪の代価を代わりに支払ってくださいました。それにより、霊的な罪人たちに、罪の赦しを受け故郷である天国に帰れる道が開かれるようになりました。 長い年月の間、私たちの魂は私たちを贖ってくださる神様を切に待ち続けて来ました。私たちの魂が渇望してきた対象、実際に待っていた対象は、神様です。 イザ30:18 『それゆえ、主は恵みを与えようとして/あなたたちを待ち/それゆえ、主は憐れみを与えようとして/立ち上がられる。まことに、主は正義の神。なんと幸いなことか、すべて...

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