언어
ようこそ
申し訳ございません
パスワードを忘れましたか? / 加入
IDを保存
ホーム » 命の真理 » 聖書に関する質疑応答
命の真理メディア説教 テキスト説教 真理の書 聖書に関する質疑応答
ページ »
A. 神様は望まれればいくらでも人の姿で現れることができます。神様は全知全能なので、肉体を持たれることも、持たれないこともできる能力があるからです。 しかし、神様はなぜ自ら「か弱いひとりのみどりご」、「ひとりの男の子」の姿でこの地に来られたのでしょう。これは、私たちがどんな者なのかを考えると容易に理解することができます。 罪の赦しと永遠の命をくださる為に来られたキリスト イエス様はこの地に生きている人類は、皆が天から罪を犯して追い出されてきた罪人だ、と言われました。 マタ 9:13 『わたしが求めるのは憐れみであって、いけにえではない』...
A. 2千年前、イエス様は私たちを救われるためにこの地に来られ、天国の福音を伝えてくださいました。天国の福音を宣べ伝えられた方はイエス様なので、福音とは私たちを天国に導かれるために施してくださったイエス様の全ての教えを意味します。 マタ24:14 そして、御国のこの福音はあらゆる民への証しとして、全世界に宣べ伝えられる。それから、終わりが来る。」 マタ28:18-20 イエスは、近寄って来て言われた。 「わたしは天と地の一切の権能を授かっている。だから、あなたがたは行って、すべての民をわたしの弟子にしなさい。彼らに父と子と聖霊の名によって洗礼を授け...
A. イエス様がこの地に来られた目的は、罪により死ぬしかない人間たちに永遠な命をくださるためです。イエス様は私たちを救いに導かれるために過越祭の日に新しい契約を立てられて御自ら十字架で血を流され、贖罪の献げ物になられました。新しい契約の真理の中には、過越祭だけではなく安息日をはじめ3次の7つの祭りがあります。 イエス様を信じて救いを受けることを願う人なら、必ずこの新しい契約を知り守らなければなりません。しかし、今日新しい契約を守る人々を探すのは困難です。イエス様が立ててくださった新しい契約の真理が使徒時代以後、次第に変わっていき、完全になくなってしまった...
A. 神様を礼拝さえすれば祝福を受けるものと考えがちです。しかし、聖書の教えは異なります。イエス様は御自分を救い主として信じ、御自分の名前で多くの仕事をした預言者であっても天国に入れない可能性があると言われました(マタ7:21-23)。 神様を信じる人々は、神様を敬拝する儀式として礼拝をささげます。さらに、預言者なら数多くの礼拝をささげたはずです。それでも天国に入れないのなら、彼らの礼拝はすべてむなしいものと言えるでしょう。 2千年前、宗教指導者たちが神様にむなしく礼拝をしてしまった理由は、人間の戒めを守ったからです。表面上は神様を一番愛する指導者...
A. 実際、旧約聖書には将来来られるキリストの名前が「イエス」だという言葉は、1行も記録されていません。万一「イエス」という名前が預言されていたとしても、ただその名前を持っているという理由だけで、キリストと確信するのは難しかったことでしょう。 「イエス」という名前は、ユダヤ人たちの中で一般的な名前だったからです(コロ4:11)。 こうしてみると、イエス様がキリストであると確信することができる証拠は、単純に名前にだけあるのではありません。最も確実な証拠は、キリストについての旧約聖書の預言を成していかれたイエス様の足跡です。それで、イエス様は御自分がキリスト...
A. 地中海とアラビア砂漠の間に位置するイスラエルは、韓国と同じ緯度上にあるため気候が似ています。ただ、地中海性気候と亜熱帯性気候の交差地点に位置する地理的特性のため、韓国の春と秋に該当する季節が短く、夏と冬が長く、寒暖の差が激しいほうです。 雨季に該当する冬には、雨がよく降り気温がとても下がり、少なくとも10月までには、羊の群れをおりの中に移動させて冬を過ごさせます。そのため、真冬の12月、それも夜中に外で羊を放すことは難しいことです。 イエス様の誕生 聖書を見ると、ユダのベツレヘムの野原で羊の世話をしていた羊飼いたちが、夜中に天使からイエ...
A. イエス様が十字架で亡くなられる前、「成し遂げられた」(ヨハ19:30)と言われた言葉が、果たして私たち聖徒たちが何もしなくてもいいという意味でしょうか?イエス様の御言葉は「私たち」ではなく「イエス様」が初臨の時にこの地でなさることを成し遂げたという意味です。イエス様が何を成し遂げられたかを調べてみると、むしろ私たち聖徒たちが安息日や過越祭のような神様の掟をさらに神聖に守らなければならないという事を知ることができます。 贖罪の献げ物として代わりに犠牲になられたイエス様 罪人を救うために来られたイエス様が、この地で行なわなけければならなかったこと...
A. ファリサイ派の人々がイエス様を試みて、「律法の中で、どの掟が最も重要でしょうか」と質問します。イエス様は、「心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くしてあなたの神である主を愛しなさい」というのが最も重要な第一の掟だと答えられました。続けて「隣人を自分のように愛しなさい」と言われ、律法全体と預言者は、この二つの掟に基づいていると言われました(マタ22:35-40)。これは、神様が立てられた律法の中で最も重要な核心的部分が愛であり、旧約と新約の律法を立てられ私たちに守らせられた最終目的も、やはり愛であることを教えてくださったのです。 イエス様が教えてくださ...